
◆HOレイアウトの全貌
森下は、一同が寿司を食べ終えたのを見計らって、HOゲージのレイアウト紹介を始めた。
もとは普通の和室だった部屋を、走行を安定させるために工務店に依頼してフローリングに改装したという。
その説明から始まったレイアウトは、長さ約6.4メートル、幅約2.7メートルにもなる。
亮太はその大きさに思わず息をのみ、HOゲージになるとNゲージが小さく感じますと漏らした。
井桁構造の枠組みは大工に依頼し、レールはシノハラ製のフレキシブルレールを採用。
レールはコード83とコード100のあいだで迷った末にコード100を選び、バラストにはモーリン製を用いたという経緯を、森下は丁寧に語った。
地面づくりでは、発泡スチロールとプラスターで山肌を形づくり、カラーパウダーやドライフラワーで草木を表現した。
駅舎は、森下の故郷である出雲の木次駅をモチーフとし、赤褐色の石州瓦まで忠実に再現されていた。
スイッチを入れて灯りがともると、雰囲気は一変し、一同からは感嘆の声が上がった。
◆スイッチバックと「ひな壇配置」
その灯りに導かれるように、森下は天賞堂のD51が牽く混合列車を走らせた。
カンタムサウンドの汽笛やシリンダー音、ブラスト音が響き渡り、奈葉はその本格的なサウンドギミックに思わず息をのんだ。
列車は勾配を登りトンネルを抜けると、出雲坂根駅をモチーフにしたスイッチバックへ進む。
編成長はわずか1メートルほどに制限されるが、森下はそのなかで、手前から木次駅、メンテナンス通路、スイッチバック、そして最奥の短絡線へと続く、高低差を活かした自称「ひな壇配置」の構想を語る。
この配置の発想は、かつて奈葉が自分のモジュールを作るときに山城から教わったものと同じだった。
二人はそれに気づくと、顔を見合わせてうなずいた。
森下はかつて、複々線の「全部盛り」レイアウトを作ったことがあるという。
だが、一人で複数の列車を操作する忙しさに疲れ、脱線や追突が重なって嫌気が差し、一時はレイアウトから遠ざかっていた過去を明かした。
そして50歳を過ぎると考え方が変わり、「時間を味わうための模型」に行き着いたという。
その言葉を受けて、奈葉は自分が形にすべき風景を心のなかに思い描き始めた。

◆奈葉のバラスト撒き実演
列車の余韻が漂うなか、森下はふと思い立ち、地面処理のされていない留置線のバラスト撒きを奈葉に任せた。
突然の依頼に戸惑いながらも、奈葉はスプーンで少しずつバラストを撒き、森下から渡されたタミヤのモデルクリーニングブラシで丁寧に整えていく。
静電気が起きにくいそのブラシの扱いやすさに驚きつつ、一粒ずつバラストを動かす繊細な作業を見事にこなし、みんなを感心させた。
さらに、霧吹きで中性洗剤入りの水を雨のように吹きかけ、ボンド水溶液を少しずつ垂らしていく。
その無駄のない手つきに、見ている者は自然と安心させられた。
◆初雪と奈葉の拒絶
そのとき、相原の携帯に子どもの熱を知らせる連絡が入り、和やかだった歓迎会は急きょ解散になった。
森下は、模型は逃げないが、家族の時間は待ってくれないと穏やかに言い、相原を送り出した。
玄関を開けると、外には初雪が舞っており、それを見た奈葉は顔を曇らせ、思わず立ちすくんでしまう。
その様子に気づいた弥生は、そっと折り畳み傘を差し出した。
奈葉はその傘を手に、相原と亮太とともに帰り道を歩き出す。
道すがら、相原がふと「雪は好きか」と尋ねる。
すると奈葉は「嫌いです」と冷たく言い放つ。
亮太は慌てて空気を和ませようとするものの、かえって沈黙ばかりが際立ってしまう。
◆写真に写らない距離感
バス停で奈葉と別れたあと、相原は亮太に、歓迎会の場にいた誰もが亮太の奈葉に対する想いに気づいたと伝える。
ただ、奈葉自身の気持ちだけはまだ読めないとも言った。
恋人がいるのか、それとも何か避けたい理由があるのか。
「時間をかけて静かに待つしかないかもしれない」という相原の言葉に、亮太は複雑な思いを抱える。
その直後、LINEグループ「テツモとお寿司」に山城が投稿した集合写真を、亮太は目にする。
寿司の並んだレイアウトを背景に立つ五人のなかで、自分だけが少しよそよそしく、ぎこちない表情をしていることに気づいた。
奈葉は、誰にも近すぎず遠すぎず、絶妙な距離感を保ちながら、いつもの穏やかな微笑みを浮かべていた。
同じ時間を過ごしたはずなのに、彼女の心に自分の居場所がないことを、亮太は思い知らされた。

◆雪の記憶と、奈葉の育ち
若い三人を見送ったあと、森下家には森下と山城、そして弥生だけが残った。
森下は、奈葉が玄関先で雪を見た瞬間に表情を失ったことを話題にする。
また、故郷・奥出雲の話をしたとき、彼女が肩を小さく震わせていたことを思い出し、その過去に踏み込むことへのためらいを口にした。
それを聞いた山城は、奈葉が初めて店を訪れた日のことを思い出す。
「長居してすみません」と謝ったあの一言に、そのころから何か心に引っかかるものがあったと振り返った。
弥生は、無理に詮索しない方がよいとやんわり諭す。
そのうえで、玄関で奈葉がみんなの靴を丁寧にそろえ、引き戸の方へつま先を向け直していた所作から、しっかりと躾を受けてきた人だろうと話した。
話が一段落すると、森下と山城の二人だけで丸ストーブを囲み、熱燗を酌み交わした。
先代の善次郎が作りかけの模型をかばって階段から転げ落ちた武勇伝や、山城家の祖父・藤吉が時計工場の下請けから鉄道模型パーツの製作に関わるようになった経緯など、懐かしい思い出話に花が咲いた。
◆年明け、奈葉の静かな時間
歓迎会の夜から半月ほどが過ぎ、年が明けた。
奈葉はひとり静かな時間を過ごしながら、9連休にもかかわらず帰省しなかった自分を見つめていた。
父を早くに亡くし、母と年の離れた兄との三人で暮らした故郷のことを懐かしむ。
上京する朝、多くを語らず送り出してくれた兄の眼差しが胸によみがえり、奈葉は今年も帰らなかったことへの後ろめたさを噛みしめた。
ふと壁際のモジュールに目を向けると、森下から2月の定例会までに完成させるよう頼まれていたことを思い出す。
ところが、フィーダー線の取り付け方が分からないことに気づき、奈葉はLINEグループ「テツモとお寿司」で相談することにした。
すると森下、相原、亮太、山城が次々と賑やかに応じ、そのコントのようなやり取りに奈葉は思わず笑ってしまった。
山城から具体的な配線方法のアドバイスを受け、店が休みとなる成人の日に、山城と亮太が奈葉の部屋を訪れて電源関係を仕上げることになった。
亮太は「期待するなよ」と自分に言い聞かせつつも、その再会の約束に心がわずかに浮き立つのを覚えていた。

◆奈葉の部屋で、風景がつながる
成人の日、山城と亮太は台車にモジュールを載せて奈葉の部屋を訪れる。
「山城模型サービスの者です」と二人がわざとらしく名乗ると、奈葉も「工賃はコーヒーとおやつだけです」と調子を合わせ、和やかな雰囲気のなかで作業が始まった。
廊下を歩いていると、亮太はふと開いた寝室のドア越しに中をのぞいてしまった。
そこには白いベッドと小さめのチェストがあり、奈葉のプライベートな空間が垣間見えた。
亮太は慌てて視線を逸らすものの、どうしても意識せずにはいられなくなった。
山城がリビングのテーブルに自分のモジュールを置くと、そのあと奈葉が寝室から自分のモジュールを抱えて運んできた。
二つをつなげると、全長はおよそ1.3メートルになる。
テーブルの上に連続した風景が生まれた瞬間、奈葉は、モジュールは単独で見るものではないのですねと目を輝かせる。
こうして繋げると景色が一緒に呼吸を始めるようだと、山城も嬉しそうに応じ、奈葉と視線を合わせた。
繋がった二つの風景を前に、山城は奈葉のモジュールへ目を向け、細部を丁寧に見ていく。
気泡ひとつない見事な水田の表現や、紙粘土で作った畦、パウダーが畑に干渉しない緻密な処理に、山城は思わず感嘆の声を漏らした。
「やったことのある人間ほど、どれだけ気を配って作ったかが分かる場所なんだよ」
その一言に、奈葉の表情がふっと和らいだ。
◆高台が生む、もうひとつの街
亮太に高台の仕組みを尋ねられた奈葉は、待っていましたとばかりに微笑み、寝室から取り外し式の高台ブロックを運んできた。
それを載せた瞬間、田畑だけだった風景は一変し、切り通しの上に新興住宅街が広がる、まったく別の表情を見せ始めた。
亮太は、定例会でスケッチブックに描いていた景色そのものだと、思わず声を漏らす。
下の畑を傷めないよう底に組まれたプラ角棒の枠組みや、傷んでも交換しやすい紙やすりの農道など、奈葉の周到な工夫に山城は、面接試験の模範解答みたいだと苦笑した。
続いて山城は、マスキングテープを併用して電動ドリルで正確に穴を開け、走行用電源の配線作業に取りかかった。
穴開けを終えると、KATOのターミナルユニジョイナーから電極チップを外し、台枠の下からコードを通してボード表面で繋ぎ直し、走行用電源の接続を完了させた。
最後に、取り外し式の高台ブロックの機能を損なわないよう気を配り、分岐コネクターを使ってアクセサリー電源も慎重に仕上げていく。
奈葉が持ってきたKATOのEF81「レインボー」をレールに乗せ、緊張した面持ちでパワーパックのダイヤルを回す。
するとEF81は山城のモジュールを離れ、ゆっくりと奈葉のモジュールへ滑り込んでいった。
かすかなジョイント音とともに緊張が解けた瞬間、亮太は思わず「開通、開通!」と拍手した。
奈葉も、この瞬間のために頑張ってきた気がすると目を輝かせ、亮太はその瞬間をスマホに収めた。
LED点灯ユニットでアクセサリー電源の点灯を確認し、配線作業は無事に完了した。

◆午後のコーヒーと、模型の哲学
奈葉はコーヒーを淹れ、クッキーとチョコを並べ、三人は作業を終えたあとの穏やかな午後のひとときを過ごした。
コーヒーの香りが漂うなか、亮太は高台に並ぶペーパー製のストラクチャーを眺め、雨樋まできちんと塗り分けてあると感心した。
奈葉は、森下のHOゲージレイアウトを見た印象が強く残っていたこともあり、既製品ではなく、あえてペーパーキットを選んだのだと説明する。
既製品は完成度が高いぶん、どうしても見覚えのある仕上がりになりやすい。
だから、自分らしさを出したかったのだと。
その言葉に、山城は先代の善次郎が口癖のように語っていた、toyとhobbyの違いは、手を加えるかどうかで決まるという言葉を思い出し、驚きを隠せなかった。
亮太は、レイルフレンズのメンバーが、まるで模型について語り合う思想家たちの集まりのようだと感じた。
◆奈葉の言葉に向こうに
そして奈葉は、街は時とともに変わり、古い町並みも再開発で姿を消してしまうけれど、模型なら手を加えない限り、その瞬間のまま残しておくことができるのだと話す。
そうして、自分はただ、一番いい状態の街を残しておきたいだけなのだと続けた。
その言葉の奥にひそむ何かを感じ取った亮太は、まだ自分には奈葉のすべてに近づく資格がないと思いながらも、もっと彼女を知りたいという気持ちを募らせていくのだった。
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