テツモ女子 佐橋奈葉の今日も模型鉄!

初めまして、鉄道模型が大好きな少し不器用なモデラーです。 よろしくお願いします❗️

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第16話 揺らいだ境界線

◆拍手のあとで

 

奈葉が、モジュールレイアウトの説明を終えると、会議室からは思いもしなかった大きな拍手が広がる。

 

彼女が軽く一礼して座ると、相原はそれを確認してから、卓上のマイクを手にする。 

 

「佐橋さん、ご説明ありがとうございました。 

完成したモジュールを拝見できるのを、皆さんと同じく楽しみにしています」 

 

◆次の例会と、ひとつ先の未来

 

一拍置き、事務的な口調に戻る。

 

「では最後に、来年の公開運転会の予定についてお知らせします。 

毎年1月に行ってきた新春公開運転会ですが、コミュニティセンターが改修工事に入るため、来年は休会とします」

 

会議室の空気が、わずかに動いた。 

 

「次の例会は、2月の第2日曜日になります。 

日程をお間違えのないよう、お願いします」

 

淡々とした説明に、メンバーは「そうか」と小さくうなずく程度だった。 

 

ただ一人、亮太だけは違っていた。 

 

え……1か月に一度しか会えないのに、次は2か月後? 

奈葉さんに会えるのが、そんな先になるのか……) 

 

隣に座る奈葉の横顔を、ちらりと盗み見る。 

 

今こうして隣にいる時間が、どれだけ貴重かってことだよな……) 

 

亮太は、今日の歓迎会で何としても写真を撮り、 

「お疲れ様でした」の一言を添えたLINEを送ろうと、密かに決意した。

 

◆ショッピングモール公開運転会

 

相原が、少し声のトーンを上げて続けた。 

 

「それから、来年5月ですが――

久しぶりに、ショッピングモールの特設会場を使った公開運転会を予定しています」 

 

その瞬間、会議室がざわついた。 

 

「期間は3日間。モジュールレイアウトは、当クラブの最大規格を使用します」 

 

相原は視線を巡らせながら続ける。 

 

「いつもと違い、来場者数もこれまでとは桁違いに多くなることが予想されます。 

成功に向けて、皆さんのご協力をお願いします」

 

奈葉は、亮太の袖を軽く叩き、小声で尋ねた。 

 

「亮太くん……ショッピングモールでの公開運転会って?」 

 

亮太も声を落とす。 

 

「実は……僕も一度しか経験していないんです。 

いつもの運転会とは違って、ショッピングモールは買い物や食事のついでに足を止めるから、本当に人が多いんです」 

 

「それは……大変そうね」 

 

「広告にも載りますよ。

『協賛・レイルフレンズ』って、モールのチラシにもね」

 

「へぇ……」 

 

「鉄道模型のレイアウトって、集客効果が高いんです。 

だから、モール側にとってメリットは大きいんですが……」 

 

亮太は少し言い淀んだ。 

 

「ただ、3日間となると、レイアウトや車両のトラブルも出やすくて……」

 

「うわ……」 

 

奈葉は、このクラブが単なる趣味の集まりではなく、地域に根付いた存在なのだと、改めて実感した。

 

◆思いがけない指名

 

ざわめきが収まらない中、森下がマイクを取った。 

 

「そのショッピングモールでの公開運転会だが―― 

佐橋くんのモジュールも、組み込もうと考えている」 

 

奈葉は、思わず背筋を伸ばす。 

 

「いくつか確認したい点もある。 

2月の例会までに、モジュールを仕上げてほしい」

 

奈葉は、 

 

えっ……実質1か月半で完成させるの?) 

 

一瞬、言葉に詰まる。 

 

森下は念を押すようにいった。 

 

「やってくれるよな」 

 

「……あ、わかりました」 

 

「ありがとう。引き続き亮太をアシスタントに付けるよ」

 

亮太の方を見て、 

 

「おい、頼んだぞ」 

 

「はい、承知いたしました!」

 

即答に、森下は苦笑する。 

 

「お前、こういう時の返事だけは本当にいいな」

 

 亮太は照れたように頭をかいた。

 

 横で相原が、

 

 (代表の突然の思いつきと、せっかちぶりは、いつも変わらないや

 

 と心の中でため息をついた。 

 

◆それぞれの胸の内

 

一方、亮太の胸の内は違った。 

 

やった……これで奈葉さんと会う口実ができた。 

2か月後だと思ってたのが、一気に縮まった) 

 

と心の中で喝采を叫んだ。

 

奈葉が小声で聞く。 

 

「亮太くん、大丈夫なの?」 

 

と小声で聞く。 

 

亮太が答える。 

 

「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「ありがとう」

 

 相原が話を戻した。 

 

「それから、8月は鉄道模型フェア出展、10月は合運に参加するため、例会はお休みになります。 

どちらも詳しくは決まり次第お伝えします」 

 

奈葉が首をかしげて、 

 

「亮太くん、『ゴウウン』って何?」 

 

とささやく。 

 

「合運とは、合同運転会の略ですよ。

毎年秋に、他の鉄道模型クラブと合同で運転会や懇親会をするんです。 

鉄道模型誌の取材も来ますし……かなり賑やかになります」 

 

「へぇ……クラブ同士、横のつながりもあるのね」

 

と感心する。 

 

◆散会、そして片付け

 

相原が締めくくる。

 

「では、これにて散会とします。 

本日はお疲れ様でした。 

皆さん、良いお年をお迎えください」 

 

拍手とともに、例会は終わった。

 

メンバーは自然とテーブルや椅子を片付け始める。 

 

奈葉も立ち上がろうとすると、相原が声をかけた。 

 

「佐橋くん、ホール横にソファがある。 

そこで待っていてくれたらいいよ」

 

「いえ、私はお客さんじゃないですから、お手伝いさせてください」

 

奈葉はそういって、バッグからウェットタイプの雑巾を取り出し、手際よくテーブルを拭いて回った。 

 

それを見た森下が笑う。 

 

「副代表は『私はクラブの雑巾がけ担当です』なんていってたが、佐橋くんの方がよっぽど率先してるな」 

 

「これじゃ、佐橋くんが副代表みたいですね」 

 

と相原も苦笑する。

 

メンバーも、奈葉のさりげない気遣いに感心した様子だった。 

 

やがて人影もまばらになり、会議室には森下、相原、亮太、そして奈葉だけが残った。 

 

「じゃあ、私らも帰るとするか」

 

森下がいい、会議室の蛍光灯を消し、鍵を掛ける。 

 

4人はホールに出た。

 

亮太の目には、“あのロッカー”から奈葉がコートとマフラーを取り出し、身に着けている姿が映った。 

 

その一連の動作がやけに鮮明に見える。 

 

ふぅ、ここまではノーミスだ。これからもこの調子で……

 

 と意気込みを固める。

 

◆帰り道の車内

 

冬の日暮れは早い。

曇り空のせいか、外はもう薄暗かった。

 

駐車場まで歩き、森下の車に乗り込む。

森下が運転席、相原が助手席。 

二人の動きは、長年の習慣を感じさせる自然さだった。

 

亮太が後部座席のドアを開ける。 

 

「佐橋さん、どうぞ」 

 

「失礼します」 

 

「うちまで、10分もかからないよ」 

 

森下がそういい、車を出す。

 

小雨が降り始め、ワイパーが静かに動いた。

 

見慣れた街並みを、他人の車の窓から眺めながら、奈葉は不思議な感覚に包まれていた。 

 

故郷を離れ、一人住まいで会社へ通っている毎日だった。 

なのに、年も仕事も違うのに……同じ趣味で、こうして繋がっている。

生きていると、面白いこともあるものね) 

 

一方、亮太は隣に座る奈葉を意識し続けていた。 

先月、自分の車で送った時とは、どこか違う緊張感がある。

 

◆予期せぬ揺れ

 

その時だった。 

 

前を走る自転車が、ふらつきながら車線に入ってきた。 

 

「おっと!」

 

森下が声を上げ、クラクションを鳴らし、ハンドルを切る。

 

その反動で、奈葉の身体が亮太に覆いかぶさるように触れた。

 

柔らかさと体温。 

頬にかかる黒髪の感触。

 

 一瞬、抱き寄せているような錯覚に陥る。 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

奈葉は慌てて身体を離す。 

 

「だ、大丈夫ですか、佐橋さん」 

 

「はい……びっくりしましたね」 

 

と目を丸くする。

 

森下がルームミラー越しに頭を下げる。

 

「いや――すまん、すまん 。

夕暮れに小雨で、気をつけてはいたんだが……」

 

相原がいう。 

 

「こういう時は怖いですね。 

代表はスピードを出さないから助かりましたよ。

後の二人もシートベルトをしないとダメですよ」 

 

車内に、ほっとした空気が流れるなか、亮太の胸の高鳴りだけは収まらなかった。

 

奈葉の体温。

一瞬、触れた重み。 

 

それは、例会で感じた、 

「守る必要もないし、支えることもない」

という距離感を、静かに崩していく感覚だった。 

 

◆揺らいだ境界線

 

一方、奈葉はシートに背中を預け、視線を前に戻す。 

 

……驚いた) 

 

そして胸の奥には、小さな波紋が残っているのを自覚していた。

 

私の時間は止まったまま……。

そこから先へは進まないと決めたのは、自分自身。 

 

その境界線は、今も変わらない――

いや、変えられないはずだと。 

 

森下の車は、信号で静かに止まった。

ワイパーの音だけが、規則正しく響く。

 

亮太は、窓の外を見つめながら、自分の鼓動を悟られまいと、そっと息を整えていた。

 

奈葉はマフラーの端を指でつまみ、小さく息を吐く。 

 

今日は……少し疲れただけ

 

そう結論づけながらも、 

その言葉が、どこか宙に浮いていることを、

奈葉自身が一番よく分かっていた。 

 

[つづく]

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