テツモ女子 佐橋奈葉の今日も模型鉄!

初めまして、鉄道模型が大好きな少し不器用なモデラーです。 よろしくお願いします❗️

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第74話 好きな人の前で

◆空腹の時間
 
奈葉と亮太は雑貨店を出ると、広小路商店街のアーケードを並んで歩き始めた。 
奈葉の手には、先ほど買ったすずらんのチャームが入った小さな紙袋。 
ときどきそれを確かめるように軽く揺らす仕草が、なんだか可愛らしく見える。
 
頭上に漂うやわらかな光の下を、二人はゆっくりと歩いて行く。
さっきまでの会話の余韻が残っているのか、言葉は自然と少なくなっていた。
 

ふと、奈葉が腕時計に目を落とす。

 

「……1時を過ぎたし、ちょうどいいかな」

 

独り言のようなつぶやきに、亮太は顔を向けた。

 

「亮太くん、お腹すいてるでしょ?」

 

言われるまでもなかった。 

朝5時に食べた菓子パンと、六花亭のスイーツだけでここまで来ている。 

正直、頭の片隅はずっと昼食のことでいっぱいだった。 

けれど、自分から言い出すのは、何となく気が引ける。

 

「近くに美味しいカレー屋さんがあるんだけどね、1時前はすごく混むの。 

だから少し時間をつぶしてたの」

 

奈葉はそう言いながら、紙袋を軽く持ち上げて見せた。 

その中身を思い出したのか、ふっと笑みがこぼれる。

 
ああ、ちゃんと考えてくれてたんだな……
 
亮太は心の中で小さくうなずいた。
奈葉は11時に待ち合わせてから、どこへ何時に行くか、きっと組み立てていたのだろう。 
そして何より、“カレー”という単語に、素直に気分が上がる。
 
◆カレー店「インデアン」
 

しばらく歩くと、見覚えのある六花亭の建物が視界に入った。 

横断歩道を渡った少し先に、その店はある。

 

小さなお城のような外観に、赤い「インデアン」の文字。 

ターバンを巻いた人物の看板が、妙に食欲をそそった。

 

奈葉は楽しげな笑みを浮かべながら、自動ドアをくぐる。

 

店内に入った瞬間、スパイスの香りがふわりと広がる。 

その匂いだけで、亮太の胃がはっきりと反応した。

 

奈葉が言った通り、昼のピークは過ぎていて、店内にはいくつか空席があった。 

二人は窓際のテーブルに腰を下ろし、メニューを見つめる。

 

カレールーは3種類。

そこにカツ、ハンバーグ、チキンなどを自由に組み合わせられる。 

選び始めると、思った以上に悩ましい。

 

「せっかくだから、ゆっくり選んでね」

 

奈葉がやさしく言葉をかけてくれる。

 

いや、“せっかく”なら――

 

亮太の中では、すでに答えが出ていた。

 

カツカレー、大盛り。

 

だがそのイメージと同時に、もうひとつの現実が浮かぶ。 

 

――目の前には奈葉がいる。

 

いやいや、ここでガツガツいくのはさすがに……
 

脳内で何度か葛藤した末、亮太は無難な落としどころを選んだ。

 

「俺、インデアンルーにチキンで……辛さは普通で」

 

口に出した瞬間、どこか物足りなさが胸に残る。 

それでも、「これでいい」と自分に言い聞かせた。

 

◆奈葉の意外な注文

 

「了解、すみませ~ん」

 

奈葉の明るい声が店内に響く。

 

「インデアンルーにチキンと、ベーシックルーにハンバーグ。
辛さはどちらも普通でお願いします」

 

さらっと告げられた注文に、亮太は思わず顔を上げた。

 

ハンバーグだと……?

 

てっきり軽めのものを選ぶだろうと思っていた予想は、見事に外れた。

 

何だよ……それなら俺だって……!

 

一瞬、カツカレー大盛りの幻が再び頭をよぎる。

しかし、もう注文は終わっていた。

 

亮太は何も言えず、ただ水を一口飲む。

 

◆大人びた仕草

 

しばらくして運ばれて来たカレーは、香りだけで食欲をかき立てた。

 
奈葉はスプーンに手を伸ばす前に、グラスの水をひと口含む。
グラスの縁には、淡く色づいたルージュがわずかに残っていた。
 

それに気づいた奈葉は、さりげなく紙ナプキンを手に取り、静かにグラスを拭う。

その落ち着いた仕草が妙に大人っぽく見えて、亮太は視線の置き場に困ってしまった。

気がつくと、頭の中にあったカツカレーのことなどすっかり消えていた。

 

奈葉は特に気にする様子もなく、何事もなかったようにスプーンを手にする。

その前で、亮太は少し姿勢を正す。

 

落ち着け。落ち着いて食べろ……

 

心の中で自分に言い聞かせながら、ゆっくりと一口。

 

本当は、もっと勢いよく食べたい。
けれど、それはぐっとこらえる。

 

好きな人の前での食事とは、こういうものなのかも知れない――
そんなことを考えながら、亮太は妙にぎこちないペースでカレーを口に運んだ。

 

◆味変と、胸に残る小さな後悔

 
カレールーはとろりと濃く、ひと言でいえば「一晩寝かせた家庭の味」だった。
どこか懐かしくて、舌の奥にしっかりと残る深いコクがある。

 

これ、毎日食べられるの……本当にうらやましいな

 

スプーンを運ぶたび、そんな感想が自然と浮かぶ。

 

そんな様子を見ていたのか、奈葉が少し悪戯っぽく声をかけた。

 

「亮太くん、この『ホットオイル』を少しだけかけると味変できるのよ」

 
「え、あ、はい」
 

言われるままに、卓上の小瓶を手に取る。

 

少しだけ……ほんの少しだけ、だよな

 

慎重に数滴たらして、もう一口。

 

口に入れた瞬間は変わらない。
けれど、飲み込んだあと、じんわりと辛さが追いかけてくる。

 

「……あ、ほんとだ」

 

思わず声が漏れる。

 

これ、最初からカツカレーの大盛りで頼んでたら……、今めちゃくちゃ幸せだったやつじゃん

 

そんな後悔が胸をかすめるが、もちろん言葉にはしない。

 

ごはんは普通盛りでも十分な量があり、見た目以上に食べ応えがある。
気づけば、さっきまで抑えていたはずのペースも、じわじわと元に戻っていた。

 

◆意外な目的地

 

奈葉は亮太の表情を見て、満足そうに微笑んだ。

 

「じゃあ、次の場所へ行きましょう」

 

軽やかに椅子を引き、立ち上がる動作もどこか楽しげだ。

 

亮太は、次は景色のいい公園か、街のどこかを散策するのだろうと思っていた。
だが、奈葉が口にしたのは、少し意外な言葉だった。

 

「このあと帯広駅から14時21分発の列車に乗って、隣の札内駅まで付き合ってくれる?」

 

思いがけない行き先に、亮太の思考が一瞬止まる。

 

札内……? 観光地じゃなかった感じがするけど

 

考えるより先に、答えは決まっていた。

 

「……はい、もちろん行きます」

 

亮太にとって、迷いようのない返事だった。

 

まあ……そうなるよな。今回の旅、完全に奈葉さんのペースだし

 

心の中で小さく苦笑する。

 

どうやらこの二日間は、「一緒に計画する旅」ではなく、奈葉が描いたルートを辿っていく時間らしい。

 

でも……それも悪くないよな

 

行き先がどこであっても、隣に奈葉がいるのなら、それだけで十分だと思えた。

 

◆そして札内駅へ

 

駅前通りを少し進むと、午前中に待ち合わせをした噴水のモニュメントが見えて来た。

 

さきほど歩いた景色のはずなのに、どこをどう通ったのか、ほとんど記憶に残っていない。
それは、奈葉の話し方や仕草に気を取られていたせいもあるだろう。

 

「いつの間にか戻ってきちゃいましたね」

 

「うん。だいたい、みんな駅から500メートル圏内にまとまってるから」

 

奈葉が軽く言い切るあたりに、二人の“時間の感覚”の違いがにじんでいた。

 

そのまま帯広駅の構内に入る。
昼下がりのせいか、乗客の姿はまばらで、どこかひっそりとしている。

 

無理もない。

札内方面行きの普通列車は、およそ2時間に1本しか走っていない。

十勝もすっかりクルマ社会になり、鉄道で移動する人は減っているのだろう。

 

エスカレーターで高架ホームへ上がると、1両だけのディーゼルカーが停まっていた。

奈葉は迷いなく、慣れた手つきでボタンを押してドアを開ける。

 

あ、こういうタイプか

 

都会の感覚が抜けないまま、亮太はワンテンポ遅れて乗り込んだ。

 

発車時刻になると、ディーゼルカーは唸りを上げながら帯広駅を離れて行く。
窓の外では、駅前の景色があっという間に後ろへ流れて行った。

 

車内はがらんとしていて、この乗車率なら2時間おきでも十分なのかも知れない。

 

高架を下り、北海道らしい急勾配の屋根を持つ民家のあいだを抜けると、列車は札内駅へ滑り込んだ。

 

[つづく]

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