テツモ女子 佐橋奈葉の今日も模型鉄!

初めまして、鉄道模型が大好きなちょっと不器用なモデラーです。 よろしくお願いします❗️

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第72話 不安を越えて、十勝へ

◆眠れないまま迎えた朝

 

シルバーウィーク初日の早朝4時半。

 

スマホのアラームが鳴り、亮太は浅い眠りからゆっくりと意識を引き上げられた。

 

前夜は、宿泊先のことを考え始めてしまい、なかなか寝つけなかった。 

奈葉から伝えられているのは「1泊2日」という予定だけ。 

どこに泊まるのか――彼女が手配しているのか、それとも自分で用意すべきなのか。

 

結局、その答えを聞けないまま朝を迎えてしまった。

 

◆宿泊先の不安

 

試しに検索してみると、シルバーウィークの帯広は予想以上だった。 

ホテルはどこも料金が跳ね上がり、空室を探すことさえ難しい。 

そもそも予約画面で「人数」を入力する段階で迷ってしまう。 

シングルなのか、ツインなのか――その選択すら決められない。

 

ツインをシングルユースで押さえる方法もある。 

だが、もし当日になって不要になれば、キャンセル料金はほぼ全額になるだろう。

 

考えて見れば、これが“二人で過ごす北海道旅行”になるとは限らない。 

 

「私は実家に帰るから、亮太くんは好きにして」 

 

そんなふうに言われる可能性だって、十分にある。 

それが分かるのは、おそらく当日の夕方だ。

 

その時点で宿が取れるのか――考え始めると不安だけが膨らんでいく。 

そして何一つ答えを出せないまま、思考だけがぐるぐると巡り続け、気付けば朝を迎えていた。

 

◆服装の小さな悩み

 

もう一つ、亮太を悩ませていたのは服装だった。

 

東京はまだ残暑が続いている。 

けれど帯広は、きっと爽やかな初秋の空気に包まれているはずだ。 

その温度差を思うだけで、何を着て行けばいいのか分からなくなる。

 

奈葉にどんな格好がいいのか尋ねることも考えた。 

だが、彼女の心はどこかガラス細工のように繊細で、その距離に踏み込む勇気が持てない。 

そんな些細なことでさえ、簡単には聞けなかった。

 

結局、頼れるのは天気予報だけだった。 

画面に表示された気温を何度も確かめながら、いつもより慎重に服を選ぶ。

 

迷った末、薄手のネイビーのシャツに、生成りのチノパンを合わせることにした。 

スニーカーは、新しく用意したと思われないよう、あえて履き慣れたものを選ぶ。

 

旅行者らしく見えすぎないように―― 

ほんの少しだけ、普段より整えたつもりだった。

 

奈葉にどう見えるだろう。 

そんな思いを胸の奥にそっと隠しながら、亮太は静かに荷物をまとめていった。

 

◆羽田へ向かう道のり

 

奈葉との待ち合わせは、11時に帯広駅北口の噴水前。 

それに間に合わせるためには、亮太は5時半過ぎには家を出る必要があった。

 

まだ薄暗い街を抜け、亮太は「緑が丘駅」から電車を乗り継ぎ、羽田空港へ向かった。

 

飛行機に乗る機会などほとんどない。 

JALが第1ターミナルなのか第2なのか―― 

北ウイングと南ウイングの違いは何なのか―― 

そのたびにスマホで確かめながら進む。

 

気づけば、手荷物検査場を通過したのは搭乗開始の20分前だった。

 

◆曖昧な旅の始まり

 

機内は、シルバーウィーク初日らしく満席だった。 

家族連れやグループ客の笑い声が混じるなか、亮太はまるで「傷心を抱えたひとり旅」のように座席へ身を沈めた。

 

本来なら―― 

想いを寄せる相手との旅行の始まりになっていてもおかしくない。 

けれど今回の約束は、「現地集合、現地解散」という、どこか輪郭の曖昧な旅だった。

 

亮太は考え方を少し変えてみようとした。 

これは旅行ではない。 

故郷で暮らす彼女に、会いに行くだけなのだ、と。

 

奈葉が十勝に住んでいるのなら、東京にいる自分が一人で会いに行くことも、不自然ではないはずだ。 

そうやって胸の奥に生まれる小さな矛盾を、どうにか納得させようとしていた。

 

◆広がる十勝の大地

飛行機は、1時間半ほどで帯広空港に着いた。

 

ボーディングブリッジを渡ると、秋の訪れを告げるような爽やかな風が頬を撫でた。 

これが奈葉が吸っていた空気なのかと思うと、胸の奥がなぜか温かくなり、 少しだけ彼女に近づいたような気がした。

 

空港連絡バスに乗り、帯広駅へ向かう。 

車窓には、東京では見られない広大な十勝の大地が広がっていた。

 

黒く続く馬鈴薯畑と整然とした畝、その奥にまっすぐ伸びるポプラ並木。 

その景気を眺めているだけで、奈葉が過ごして来た日常が自然と浮かんで来る。

 

気づけば亮太の心は、十勝に降り立った瞬間から、どこか詩人めいていた。

 

 

◆待ち合わせの場所へ

 

帯広駅のバスターミナルに着いたのは、10時半前。 

待ち合わせ時間は11時だから、まだ十分に余裕がある。

 

ただ、どちらが指定された北口なのか分からない。 

あてもなく駅の方へ歩くと、すぐにエゾシカのモチーフに囲まれた噴水が目に入った。

なるほど、ここなら待ち合わせにぴったりだ。

 

初めて訪れた帯広という街で、想いを寄せる人と待ち合わせをする―― 

まるでドラマの主人公になったみたいで、胸が高鳴った。

 

そして、先ほどまで感じていた「疎外感」は、いつの間にか消えていた。

 

◆十勝の空と奈葉の輪郭

 

夏の名残を感じる陽射しのなか、ベンチに腰を下ろし、背筋をそっと伸ばした。 

シャツの袖を軽くまくり、ふと空を見上げる。

 

青が深く、遠くまで抜けていて、胸の奥まで澄んでいくようだった。

 

奈葉さんは、この空を見て育ったのか

 

彼女が時折見せる、あの遠くを見るような目。 

理由の分からない沈黙と、言葉にならない距離感。 

その答えが、この空のどこかに溶け込んでいるのだろうか。

 

普段、鉄道模型の話をしているときの奈葉とは違う、 もうひとつの輪郭が、少しずつ浮かび上がって来るようだった。

 

彼女を少し理解できた気がすると同時に、 自分はまだ何も知らないのだとも思う。

 

◆遅れて来る人

 

亮太は立ち上がり、駅舎を背に広場を見渡した。 

家族連れが写真を撮り、観光客らしい人たちが地図を広げている。 

シルバーウィークだからか、どこか穏やかな時間が流れていて、 自分だけが少し違う理由でここにいるような気がした。

 

そして、何度目か分からないほど時計を見た。

 

――11時05分。

 

少し遅れているけれど、不思議と不安はない。 

奈葉はときどき理由もなく遅れることがあり、 そこが彼女らしいところでもあった。

 

そのとき―― 

駅前広場で人の流れがふっと途切れた瞬間、見覚えのある歩き方が視界に入った。

少し遅れていることなど気にも留めず、 急ぐことなく、自分のペースを崩さない歩き方。

 

――奈葉だ。

 

胸が、不意に強く高鳴った。

 

◆故郷の奈葉、いつもの奈葉

 

淡いアイボリーのブラウスに、風に揺れるロングスカート。 

足元は控えめなヒールのパンプス。 

東京で見る彼女よりも、どこかやわらかく、その土地の空気に自然に溶け込んでいた。

 

そして――亮太の視線が、ふと止まった。

 

今日は、いつものダメージデニムじゃない。 

奈葉の一部だと思っていた“あのスタイル”が、十勝では存在していなかった。

 

故郷では、違う奈葉なんだ

 

そう気づいた瞬間、肩から下がる生成りのトートバッグが目に入った。 

角は少し擦れ、持ち手は柔らかく馴染んだ、見慣れたあのバッグ。

 

定例会で長テーブルの上に無造作に置かれていた光景が浮かぶ。 

帰り際、肩に掛け直す仕草まで鮮明に思い出せた。

 

トートバッグを見た途端、胸の緊張がゆっくりとほどける。 

十勝の空の下で、不意に「いつもの奈葉」が戻って来たように見えた。

 

◆会いに来た理由

 

奈葉は亮太を見つけると、小さく目を細めた。 

まるで帯広駅で会うことが当たり前のように、驚くほど自然な表情だった。

 

そして数歩手前で立ち止まり、風に揺れた髪を耳にかける。 

その仕草を見た瞬間、亮太は思った。

 

ああ、自分は今、この人に会いにここまで来たんだ

 

少し遅れて詫びる言葉を、いつもの声で彼女は軽く言うのだろう。 

それを想像しただけで、胸が少し痛むほど嬉しかった。

 

[つづく]

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